タイにおけるカジノ合法化を目指した統合型リゾート(タイでは「エンターテインメント・コンプレックス(EC)」と呼ばれている」法案は、現在、停滞を超え、実質的な破棄の段階にある 。2026年2月8日の総選挙で圧勝したアヌティン・チャーンウィーラクーン(Anutin Charnvirakul)新政権の下、同法案は政府の公式な政策課題から排除される可能性が高い。3月14日に国会が正式に召集され、5月中に施政方針演説がおこなわれる見込みだ。ここで「カジノ事業を支持しない」ことが公式に明文化されれば、タイにおけるカジノ合法化は、現政権下では完全に白紙になる。

アヌティン首相の「豹変」と政治的思惑
本法案の頓挫を読み解く鍵は、アヌティン首相(タイ誇り党)の劇的な方針転換にある。かつてアヌティン氏は、2024年3月の下院特別委員会報告書の段階では、大きな経済効果が得られることや、「ECにおけるカジノ面積は全体の10%以下に制限される」ことなど高度に規制された運営であることを挙げ、党としてEC構想を支持していた 。また、保健相時代には、国の財政再建のために「大麻合法化」を主導した。
しかし、ペートンタン・シナワトラ首相(Paetongtarn Shinawatra, タクシン元首相の3人の子の末子)の失職により、次期首相候補として注目を集めた直後の2025年7月、態度を一変させた。内閣の原則承認まで至っていた法案に対し、突如として「ECはカジノとオンライン賭博の隠れ蓑に過ぎないのではないか」と批判的な見解を表明。その後、首相に就任すると反対姿勢をさらに強め、審議を事実上の「塩漬け」状態へと追い込んだ 。これは、連立相手であったタイ貢献党主導のプロジェクトにブレーキをかけ、自身の政治的主導権を確保するための高度な政治的牽制であったと分析できる 。
2026年総選挙が決定打に
2026年2月8日の総選挙結果は、この流れを決定づけた。アヌティン氏率いる「タイ誇り党」は、カジノ合法化に反対する保守層の支持を取り込み、191議席を獲得して第1党へと躍進した。
アヌティン首相は現在、「もしギャンブルによって経済を刺激することを期待する者がいるなら、別の首相を待たなければならない」と断言しており、旧政権の遺物であるカジノ法案を公式に葬り去る構えだ。
戦略転換の背景には中国からの要請も
国内の政治力学に加え、中国からの外交圧力も法案破棄を後押しした 。アヌティン首相は、2025年10月末から11月にかけて韓国で開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)の場で中国の習近平国家主席と会談し、帰国後の記者会見で、そのやりとりについて、「現在のタイ政府にはカジノを合法化する政策はないということを知って、習近平主席は安堵した様子であった。これは、中国政府が自国民のタイ訪問を安心して支援することを意味する」と述べたことを現地メディアが報じている。
中国政府は、自国民をターゲットにした国境を越えたギャンブルツーリズムやオンラインカジノを「資本流出と国境を越えた犯罪(マネーロンダリング、人身売買、詐欺など)の温床」として国家安全保障上の重大な脅威とみなしており、東南アジア各国に対して厳しく取り締まりを要求しているのだ。
アヌティン首相は中国側の懸念を払拭することで観光客の呼び戻しを図る実利的な外交戦略を選択した。これを受け、かつての推進母体であったタイ貢献党も、カジノ主導のEC構想を断念 。代替案として、タイの強みである医療・美容資源を活かした「世界クラスの医療・ヘルスケアハブ」構築へと政策を180度転換させている。
Editor = Tanaka Tsuyoshi
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