米国ゲーミング協会(AGA)が放った2026年2月の声明を、世界のゲーミング業界が注視している。AGAの推計によれば、2025年初頭から現在(2026年2月時点)までのわずか1年余りで、本来であれば州政府などが手にするはずだった「5億ドル(約750億円)以上のゲーミング税収」が、予測市場(Prediction Markets)の台頭によって失われたという。
「予測市場」とは何か:ブックメーカーとの決定的な違い
予測市場(Prediction Markets)とは、未来の出来事を「株」のように売買する市場。対象は、選挙結果や政策決定といった政治経済から、スポーツ、さらには「有名人の不祥事」まで多岐にわたる。最大の特徴は、ユーザー同士が「Yes」「No」のチケットを売買する点にある。チケットは「的中すれば1ドル、外れれば0ドル」となるデジタル資産として設計され、結果が出る前でも自由に転売できる。このデイトレード的な投資感覚が、若年層や投資家を引きつけている。

現在の主要サービス事業者は、分散型プラットフォーム(仮想通貨ベース)の『Polymarket(ポリマーケット)』、2020年に米商品先物取引委員会(CFTC)の認可を受けた『Kalshi(カルシー)』だ。『ポリマーケット』は米国内でのサービス提供は禁止されているが、VPN利用で米国から実質的に利用可能な状態だ(※現在は米国での合法運営再開に向けた最終プロセスにある)。『カルシー』はCFTCを相手取って起こした裁判に勝ったことで、2024年11月の米大統領選の「予測」が合法化され、わずか数週間で数千億円の資金が流入することになった。
なぜ「選挙」や「スポーツ」が金融商品になるのか
重要なのは、米国の金融当局であるCFTCが、『カルシー』ほかいくつかの事業者のサービスを「金融商品(デリバティブ)」と定義している点だ。
CFTCのロジックによれば、予測市場には正当な「経済的合理性」がある。例えば、特定の候補者が当選すると「関税増で自社のコストが1億円増える」というリスクを抱える輸入業者が、予測市場で「当選(Yes)」のチケットを買うケースだ。実際に当選して関税が上がっても、的中による配当金(保険金に相当)を得ることで本業の損失を相殺できる。このように、不確実な未来の損失をカバーする「リスクヘッジ(保険)」として機能する点が、単なる娯楽である賭博との決定的な違いとされる。
激突する両陣営:カジノ業界の焦燥と州当局の反撃
この状況に、既存のカジノ業界は「金融の皮を被った無免許・低税率の脱税ギャンブルだ」と猛反発している。
もちろん、予測市場側も全くの無許可ではない。『Kalshi』などはCFTCから「指定契約市場(DCM)」の認可を受け、厳格な財務報告や外部監査、顧客確認(KYC)などの金融機関並みの義務を負っている。しかし、対立の火種は「税制」にある。カジノ側には収益に対する10~20%の「ゲーミング税」が課されているが、予測市場にはこれがない。カジノ業界から見れば、同じ「勝敗への賭け」を扱いながら、金融というカテゴリーにいるだけで重い特別税を免れている不公平な構造こそが、最大の憤りとなっている。
カジノ業界のロビー活動
冒頭のAGAの声明が、「カジノ業界の収益減」ではなく、あえて「税収の喪失」という言葉を強調しているのは興味深い。この数字は、予測市場に流れた膨大な資金が、もし既存の認可済みスポーツブック(ブックメーカー)で投じられていた場合に発生したであろう税額を逆算したものだ。
ここには、極めて強力なロビー活動上の戦略が隠されている。既存のスポーツベッティングは、売上の多くを「州の教育予算」や「公共年金基金」として還元する義務を負っている。AGAは、予測市場を「公共の財布から教育資金を奪い去る存在」として描くことで、政治家や世論に対し、金融当局(CFTC)による規制の甘さを痛烈に批判しているのだ。この新興勢力が、いまや既存の合法ギャンブル市場を揺るがす「公的な脅威」とみなしてけん制しているのだ。

日本への示唆:消失する「博打」の定義
この米国での事態は、日本のレジャー産業にとっても他人事ではない。将来的に日本でスポーツベッティングやIRが本格化する前に、テクノロジーを背景とした「金融化されたギャンブル」が国境を越えて流入してくる可能性がある。
かつて「博打」と呼ばれた行為が、定義ひとつで「資産運用」や「リスク管理」へと変貌を遂げる。この規制のボーダーレス化とフォーマットの進化は、パチンコホールのようなランドベース型ビジネスに対し、根本的な再定義を迫るものとなるだろう。
Editor Tanaka Tsuyoshi